大阪府住江公園設計図
年代 | 昭和5年10月 | 出典 | 昭和5年10月「大阪府住江公園工事概要」大阪府都市整備部 |
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住之江公園は、阪堺鉄道の敷設と国道26号改修工事により分断された住吉公園の第2公園として、計画設計された。
欧米諸国の様式を導入した運動施設を中心としながらも、築山・泉池を配置した日本庭園としての顔も併せ持つ、新しいスタイルの都市公園として、昭和5年10月8日に開設。工費は当時の金額で、およそ25万円、内15万円は南海鉄道株式会社、6万円は阪堺電鉄株式会社からの寄付金をもって充当された。
昭和8年頃の住之江公園
年代 | 昭和8年頃 | 出典 | 大阪府都市整備部 |
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住之江公園は、住吉公園が南海鉄道の前身である阪堺鉄道の敷設や、国道26号の改修により、公園に設置していた運動場の廃止などを余儀なくされ、その代償として作られた。
大正15年(1926年)に用地買収を完了、昭和2年(1927年)から整備に着手し、当時最も斬新な都市公園として昭和5年(1930年)に開設した。
写真は開設後3年を経た昭和8年(1933年)頃の公園の様子。野球場東側から公園を望む。
上空からみた住之江公園周辺
年代 | 不明(S40年頃以前と思われる) | 出典 | - |
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住吉公園の第2公園として昭和5年開設。昭和43年にナイター設備を整備、当時関西で唯一のナイター設備を持つ公営球場と喜ばれた。